2001年8月23日

2001年8月23日 子供たちの日記

2001年8月23日

2001年8月23日


子供たちの日記

●大山 敏浩
みんなそれぞれちがうゆめをもってアメリカまでひこうきで行って今日の朝ぶじにとうちゃくしてよかったです。今日今関さんとあいました。今関さんはずっとゆめをもって野球をやっていると言っていたのでぼくもロボットを作るゆめはずっと心のなかでもっていたいです。


●国本 賢淳
今日、全部まとめて一言でゆったら、すごく「ねむたい」なんでかはわからないけど、とりあえずねむかった。飛行機中でもほとんどねててんけど、あとバスの中でもねてたけどやっぱりどうしてもねむかった。
今関さんは、凄いがんばりやさんと僕は思った。夢をあきらめない人やとすごく思った。僕は、ただたんにうなづくことしかできひんかった。僕は野球部をクビになって今、こうしてるけど今関さんとはまたちがう。今関さんはクビになってるけど、でも夢をあきらめんと今あーやってアメリカで野球をやっている。すごいあこがれた。


●後藤 信樹
午前8時30分、僕は京都駅にいた。いつもなら、まだ寝ている時間帯である。そこには、僕以外にも数名の母子の姿が見えた。そう、今日は待ちに待った「大家友和チャリティーツアー」出発日なのである。僕の通っている塾…成基学園の佐々木代表に激励をしていただき、そして、各々に任命書が渡された。
午前9時7分、僕達を乗せたのぞみ46号東京行きは新たな喜びと不安を旨に静かに走り出した。いよいよ、旅の始まりである。東京までの2時間は、とりあえず顔合わせということろだった。全く初めての友達と、とりあえず喋ってみる、そんな感じだった。
ところが東京駅へ着き、成田エクスプレスに乗り換える頃には、各々が自分の仲間を見つけ出した。成田エクスプレスの社内には主に2つのグループがあった。小学4年生と5年生の男子グループ、小学5年生の女子と中学生以上のグループである。まだまだ完全にとけあってはいないがかなりの早さである。
成田空港で約30分ほどの自由時間と飛行機の機内で、この未だ溶け合っていなかった部分も完全に解消された。小学4年生から高校3年生まで、9年の差は完全に無くなった。
長い時間をかけ、成田空港からNew York JFK空港に着いた。そのまま僕達は貸切バスでHarbor Yardへ向かい、今関勝選手と交流した。バスはかなり大型で、僕達8人に引率の方3人を含め、計11人としてもかなり大きく、正直言って落ち着かなかった。
Bridgeportで、球場案内や写真撮影、質問等を今関選手にさせていただいた。まず、最初に案内されたのがベンチ。ダッグアウトといい、日本の野球選手は椅子のところに座る(当然のことだが)が、アメリカの選手は椅子の上に足をのせる…すなわち、荷物置きのところに腰を掛けるのだ。
これは一見、非常に行儀の悪いことのように思えるが、それは日本での話。ここはアメリカなのだ。郷に入っては郷に従えというように、今関選手もこのようにしているそうだ。アメリカ人のルーズさ、それでいてどことなく陽気さがうかがえる。
今関選手曰く、アメリカでは「待ってちゃダメ」なのだそうだ。自分で行動を起し、自分から入り込み、打ち解けていく事が重要ならしい。
僕の質問にも今関選手は快く答えてくれた。一つ目の質問は、「メジャーリーガーの夢の実現のために一番どのようなことを努力していらっしゃいますか?」というもので、これに対する解答は、「人より効率のよい練習をすることです。よく量が多くなりがちになるけど、量よりも効率です。まぁ結局は人よりも多い量の練習をこなすことになるけどね(笑)。」というものだった。他のヤツには負けたくないという思いからここまで練習に打ちこめるのであって、これが自信にもつながると今関選手は言う。この時点でもメジャーリーガーにも負けていない自負があるそうだ。
もう一つの質問は、日本のリーグが優れている点は?ということだ。日本のリーグは非常に集団性に優れているらしい。ところが、これは逆に言うと個性がないということである。なので、一途に「優れている」とも言えないのだが…。最も、この質問は他の人に先にされてしまった。今関選手は、次のことが大切だと言う。
一つ目は、「夢はぜったいに諦めないこと」他人に「できるわけがない」と言われても自分を信じてがんばれということである。二つ目は、「計画を立てること」大きな計画を立て、その為に今は何をするべきかということを考える。すると、その事に関する更に小さな目標が自ずと見えてくるという。そして、これは何かに書き付けて明確にすることが大切なのだそうだ。今晩、今関選手の言ったことをもう一度よく考えてみて、更にそれを行動に移していきたい。


●阪部 美香
まだ8月23日か、これが一番の感想です。旅の長さは覚悟していたけれど、それを感じさせない元気な子たちと一緒でこれからが楽しみです。
今日一番の収穫といえば、やっぱり今関選手にお会いしたことです。忙しい練習や試合の合間に私達の作文に目を通して下さってて、しかも、名前と内容を覚えて下さったのがすごくうれしかったです。わかりやすい言葉を選んで、夢に挑戦することを応援して下さる今関選手のあたたかさが伝わってきました。日本にいれば、自分から質問するのはすごく勇気のいることのように思いがちだけれど、アメリカの空気は自然に私を受け入れてくれるように思いました。お国柄といってしまえばそうだけど、この空気が日本にも伝われば、もっとOPENな国になれるのにと感じました。


●島沢 次郎
今日はアメリカに出発した日だった。最初に京都駅から新幹線の「のぞみ」に乗って東京へ行きます。京都駅を出発する時はホームにいるお母さんに手をふった。約三時間後、東京駅につきました。次は、成田エクスプレスに乗ります。成田エクスプレスに乗るまでに時間があったので駅で昼ごはんを食べました。12時ごろ成田エクスプレスに乗って成田空港まで行きました。やっと飛行機に乗れると思ったら、手続きがたくさんあったのですぐには乗れませんでした。三時に飛行機に乗って三十分後に飛行機は出発しました。飛行機に乗っている時間はとても長かったです。午後二時半ごろ飛行機はアメリカに着きました。アメリカのニューヨークには大きな建物や変わった形の建物がたくさんありました。今度はバスに乗って今関勝選手のいる球場に移動します。でもラッシュアワーだったので、一時間半ほどで着く予定が、二時間半になってしまいました。今関選手に会って僕はふたつ質問しました。一つは「どんなきっかけで野球を始めたのですか?」です。答えは、小学生の頃、王選手が打つホームランがかっこいいので始めたそうです。二つ目は「アメリカに来て野球s以外のことで一番困った事は何ですか?」です。答えは言葉です。英語が喋れないので、チームメイトとコミュニケーションをとるのに苦労したそうです。他にも写真をとったりサインをしてもらったりしました。今日はつかれたけど、とても楽しい一日でした。


●庄司 友康
スーツケースがおもかった。ひこうきのきないしょくが日本の食べもののあじとぜんぜんちがった。ひこうきのとんでるじかんが13時間もあり足のかんかくが全くなかった。今関さんはまわりから何をいわれようとゆめをあきらめない!!ということをつよくおしえてくれた。ゆうごはんはこの日とまるホテルの所で食べた。ハンバーガーをたのみましたが日本の3倍ぐらいのりょうがありました。日本のマクドナルドのポテトの(L)より大かったきがしました。へやに入るとベッドは大きいしいろいろなものがありました。へやに入ってからじはんき(じどうはんばいき)でおかしをかいました。


●寺西 あずさ
今日、とくにつかれたのは、飛行機の中だ!!!ねるのも大変だったし、飛行機の中の係の人に話すのも大変だった。何しろ英語だし、しゃべりづらい。(あたりまえ)かんたんな言葉は、覚えて、少しでもしゃべれるように、努力したい!と思った。
今関選手と写真をとってもらって、うれしかった。サインも、スラスラスラ~~!と書かれたので『すごい』と思った。 また会うきかいがあれば、野球について、くわしく話してもらいたい!


●徳重 悠
それぞれの夢を持った、見ず知らずの8人で始まったツアーですが、他の人の夢などを聞かせてもらったりしている内に本当に親しく話せる程になりました。又、僕にとって初めてのアメリカ本土上陸だったのですが、13時間の飛行機は予想以上に長いものでした。アメリカに着いて、今関選手に会いにスタジアムまで行きました。スタジアムの見学もさせていただき、今関選手に話などを聞かせていただいたのですが、今関さんは、日本で解雇になってから家族の事や生活の事など悩みもたくさんあられた様ですが、自分の夢を他人に何と言われても、しっかり持ってアメリカに野球を続けに来られた様でした。そんな話を聞いていると、思ったよりも身近にかんじられ、又、しっかりと夢を持って野球をやっておられる今関さんは、とても大きな人のように感じました。